一般社団法人モクティ倶楽部

震災を乗り越える共生の概念が選んだFSC

田村森林組合伐採地

震災を乗り越える共生の概念が選んだFSC

モクティ倶楽部が事務局を置く本宮(もとみや)市は福島県の中通りにあり、古くから奥州街道の宿場町として栄えたところだ。福島県の経済中心都市で新幹線の駅もある郡山市に接し、都内からは新幹線と車で1.5~2時間という交通の便の良い地域である。モクティ倶楽部の認証林は、本宮市に隣接する田村市、滝桜で有名な三春町、そして会津地方の南会津町、太平洋側のいわき市の4地域に分散している。

「一人では放射能汚染の風評被害に立ち向かえない。」

モクティ倶楽部のFSC認証取得は、一人の会社社長の悲痛に満ちた確信からスタートした。2012年当時、死者の霊を慰める京都の大文字焼にと提供された岩手の薪から放射性物質が検出され、使用が中止される出来事があった。これをきっかけに社会に不安が広がり、食べ物だけでなく木材製品まで、例え検査済みで問題の無い商品であっても、福島産というだけで忌避される傾向が強まったと言う。

モクティ倶楽部の創始者で、地域材を使った木工製品を手掛ける株式会社光大(こうだい)の根本 昌明社長は、その危機を乗り越える奮闘の中で、「多くの人と手を携えて生きる共生の概念を、震災が教えてくれた」と語る。

福島には震災復興のため多額の予算が下り、多くの企業も進出して、一見すると順調に復興が進んでいるように見える。しかし実態は県外の企業に利益を持って行かれ、地元を潤す企業が育っていない、そう根本社長は感じていたそうだ。山には再造林されない伐採跡地が目に付くようになり、何とかしなければという危機感から改めて思い起こしたのが、「共生」の概念とそれを支える仕組みとしてのFSCだった。根本社長は県内の森林組合や林産事業者にFSC認証の取得を呼びかけ、賛同した人々が粘り強く取り組んだ結果、2024年8月15日、南会津森林組合・田村森林組合の管轄地を中心とした約4800ヘクタールで、FMのグループ認証を取得することができた。
 

欧米を周って気づいたFSCの価値

根本社長がFSCを知ったのは、1996年に木工品の生産委託を始めた中国の吉林省で、2000年以降、COC認証の取得がブームになったのがきっかけだった。当時の中国では、欧米への輸出に欠かせないものとして認証取得の動きが強まっていたのだ。その後、2005年に郡山で開催されたFSCセミナーに参加した根本社長は感銘を受け、福島の自社工場でCOC認証を取得した。しかし国内にFMの認証林は少なく、FSCラベルの付いた製品を作るには、岐阜や天竜など遠方から認証材を取り寄せる必要がある。運送コストの負担も重なって製品はコスト高に。会社の経理担当からは、認証は社長の道楽だと呆れられていたそうだ。
 

 

しかし震災後、新たな販路を求めてアメリカやドイツを単身訪れ、無我夢中で売り先を開拓していた根本社長は、FSCの価値に改めて気づいたと言う。環境負荷の低減を謳う製品や、持続可能な森林経営を行う森の木材を使った商品であることを証明するエコラベル、それが無ければ製品を見てもらうことすらできない。エシカル消費(地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動)に対する一定の需要が存在する欧米では、製品の価格よりもその背後にあるストーリーを重視する人々がいて、光大が作るFSC認証の木工品は徐々に受け入れられ、輸出されるようになっていった。
 

発明家社長が辿り着いた答え「モクティ倶楽部」

光大の根本社長は発明家で、必要なものが手元に無いと感じたら自分で作ってしまう。ヒノキからオイルだけでなく消臭剤に仕える液体を抽出する装置、木材の両側が綺麗にカットできるよう独自の工夫を施した加工機、セルロースから作った繊維や、従来よりも薄い住宅用断熱材など、発明は今も継続中だ。
 

そんな根本社長が、地域の森を、より多くの人々の力を集めて将来世代に繋いでいく存在として生み出したのが、「一般社団法人モクティ倶楽部」である。会員の会費と、賛同する企業によって開発・加工されたエシカル商品の売り上げの1%を、伐採後の森林の再造林と育林活動に結びつけることを目的として運営され、FSC認証に関わる事務局の機能も担っている。

「森と木にまつわる小さな力を結集できる磁石のような組織」という説明には、人々の地域への思い、森への願い、未来への祈り、といった小さな志が、集まればきっと大きな力になるという希望が込められていると言えるだろう。

力を合わせて乗り越えた認証取得の高いハードル

「正直、FSCの認証に必要な書類の種類や量は、他の認証とはけた違いでした。」モクティ倶楽部の理事でもある合同会社SCOP代表の松澤氏はそう振り返った。以前、SGECの認証を取得した経験があり、それが役立った部分もあったが、申請手続きの大変さは比較にならないそうだ。FSCは、これさえやればよいという単純なマニュアルが存在しないため、示された基準や指針が守られているのか、それを示す資料は何かなど、かなり悩まされたということのようだ。

 

 

 

更に、田村森林組合の村上技術補はこう続けた。「FSCの基準に沿ったルールや作業手順、その必要性を現場の人たちに理解してもらうのは、本当に大変でした。」現在では、オイル缶の下にシートを敷くといった環境への配慮、労働安全に関するルールの遵守など、現場では当然のように実施されていて、作業者が負担に感じることはほとんど無いようだ。伐採班の人達もみな表情は明るく、たたき上げの矢吹組合長の細かな指摘にも真剣に耳を傾けていた。

田村森林組合では現在、組合の敷地を拡げて、そこに新たな製材工場を建設中だ。1997年に竣工した現在のウッドミル田村(田村木材加工センター)の約4倍、年間4万m3の原木を受け入れる予定で、FMとCOCの両方を取得する組織として、来るべきFSC認証材の需要増に応え、普及に貢献する施設になっていくことが期待されている。
 

森の恵みを分かち合う仕事

 

モクティ倶楽部を立ち上げた根本社長のモットーは、誠実な行動で社会に貢献すること。地域や地球に尽くすこともその経営方針のひとつだ。その表れとも言えるのが、授産施設で働く障碍者に、FSCの薪の箱詰めを委託する仕事である。田村森林組合から仕入れた薪を、ダンボール箱に丁寧に詰め、5キロになるよう重さを測って封入する作業だ。近年のキャンプブームもあり、薪はホームセンターなどで堅実な需要がある。一人一人の障碍特性に合わせてきめ細かく作業を指示し、休憩室でも他人と顔を合わせたくない人がリラックスできるように席を配置するなど、働きやすさに配慮している。

 

製品にFSCラベルを入れるには、認証を受けた森林から、認証を取得した事業者のみの手を経て伐採・運搬・加工される必要がある。光大の本社工場では、これまで遠方のFMから取り寄せていたスギやヒノキを、モクティ倶楽部の認証取得によって近隣から調達できるようになり、採算性が向上した。十数人の工場で760品目という驚きの少量多品種生産を支えているのは、作業場所ごとに設置されたタブレットに表示される生産指示である。工場内部は整理整頓が行き届き、働く方々の表情は明るく、訪問者に対して心からの笑顔で挨拶してくれる。森を活かし、森の恵みを分かち合う仕事をしているという誇りと喜びが、彼らの表情を輝かせているのかもしれない。

福島の未来に向けた森づくりへ

「将来的にはFSC認証林を5万ヘクタールまで増やしたい。」

根本社長はそう語っている。福島県の森林面積は約97万2千ヘクタールそのうち民有林は56万4千ヘクタール、そのおよそ約10%まで拡大しようと言うのだ。簡単な事ではないが、賛同者を着実に増やしていけば、近い将来に到達できるに違いない。
根本社長の夢はそれだけに留まらない。福島のFM認証林の付加価値を高め再造林のエシカル消費循環の輪を拡大させ再造林を推進するために「福島の木材で作るパルプやセルロースを様々な製品に加工する企業を集め、森の中に木質コンビナートを作る。そして働く人だけでなく、地域の住民が利用し、自然に交流し合える施設に育てていきたい。」と言う。今はまだ構想段階だが、行政をはじめ多くの人の関心を集め実現に向けて動き出しているようだ。


モクティ倶楽部では、会費と寄付、更に会員企業の賦課金を再造林費用に充てて、毎年植樹イベントを実施している。2025年6月には、230名もの参加者が、伐採跡地に300本ずつの桜と紅葉、10本のコブシの木を植えた。それらはすくすくと成長しており、10年後には花見と紅葉狩りの名所になるだろうと、関係者は大きな期待を寄せている。雄大な福島の山並みを望むその斜面には、自分の手で植えた苗の成長を喜ぶ人たちが集い、その子供や孫にも、森を自らの手で守るためにできること、FSCの意義と価値とを伝えてくれる、貴重な機会になることだろう。
 

200人以上の市民が集まって広葉樹の苗木を植えた、日当たりの良い斜面
FSC認証林を訪ねて_モクティ倶楽部.pdf
PDF, サイズ: 1.81MB

基本情報

認証の詳細については名称をクリックいただくとご覧になれます。

【名称】
一般社団法人モクティ倶楽部

【所在地】
〒969-1111 福島県本宮市本宮字作田台68ー1

【主な樹種】
スギ、ヒノキ、ナラ

【問い合せ】

電話番号:0243-33-5381 

メールアドレス:nemoto@kodaimokuty.co.jp

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